福井淳一とは?

puram(プラム)コーチのストーリー、9人目は水泳一筋の福井淳一コーチです。
福井コーチは千葉と東京を拠点に活動されている、指導経験も豊富なコーチです。自身も元トップスイマーとして活躍し、引退後は大手フィットネスクラブで指導方法を学び独立。今でもマスターズスイマーとして活躍されており、前回の松永コーチ同様で日本記録/世界記録保持者です。競技経験、指導経験豊富な福井コーチから学べることは沢山あると思います。今回はそんな福井コーチの水泳との出会いや水泳に対する考え方、今後の夢や目標について聞いていきたいと思います。

コーチ紹介

福井淳一(フクイジュンイチ)
1984年11月生まれ 千葉県出身
千葉商科大学付属高等学校~東海大学~フィットネスクラブ~ザ・スター
素敵な笑顔でいつもムードメーカーの彼。全国大会でメダルを取った経験がありながらも、常に新しい指導方法を考えながら自身のお客様へと知識を提供している。また初心者からトップスイマーまでの指導経験があるので、レッスンを初めて受ける方にも評判の良いコーチ。常に新しい指導方法を提供してくれる福井コーチの今後のレッスンにも注目です。

インタビュー

インタビュー日(2017-8-26)
▶前回は小学校~高校時代までを聞いてきましたが、ここからは大学時代から引退を決意されるまでの事を聞いてみたいと思います。
分かりました。宜しくお願いします。

▶高校を卒業後、大学は東海大学に進学されたと思うんですけど、勧誘があったんですか?
そうですね。当時、千葉の先輩とかも結構、東海大学に進学されていて、その流れで今村元気さん(アテネオリンピックの日本代表)に「一緒にウチでやろうよ」って声をかけてもらって入った感じです。なので、東海大学以外はどこも入試も受けてないし、もし仮に落ちたら水泳は辞めようと思っていました。

▶高校から大学で環境がガラッと変わったと思うんですけど、対応できたんですか?
もう全部変えましたね。自分もそれを分かっていたので。あえて全てを変えないとダメだと僕は分かっていたので、やるなら寮に監禁されるくらいの覚悟でやらなきゃダメだと思ってました。

▶凄い覚悟ですね。今まで週2~3回の練習で、一気に練習回数も増えると思うんですけど、そこで戸惑いとかは無かったんですか?
それはもちろんありました。むしろ戸惑いしか無かったです。(笑)「こんなに泳いで意味があるのかな?」とか…まぁでも大学で4年間いろいろとやってきて、1年の頃から「自分にこれ合ってないな」とか思う練習でもやって来て、その経験が今の指導にも繋がっていると思いますし、その分、頭を使いながら泳ごうと思ってやってました。僕自身、あんまり根性練習とかが好きでは無いので…

▶その当時、そんなにキツくて辞めたいとかは無かったんですか?
大学の頃は覚悟も決まっていたので、そういうのは無かったですね。そこで”やる”って決めていたので、4年間はとりあえずやり切ろうと思っていました。

▶それは明確な目標とかもあったんですか?
ん~そうですね、明確な目標というよりも…これ正直に言って良いのか分からないんですけど、僕はあんまり目標とかを明確に作るタイプでも無いんですよ。淡々とベストを更新していけば自然と道は開けるだろう。と言うタイプなので、これを目指してこれをこうしていくって言うのがあんまり無かったですね。目標として設定していたのはタイムくらいですね。次の大会で”このタイムを出そう”とか。

▶という事は大学4年間でタイムが伸び悩んだとかは無かったですか?
ん~そうですね、そのまま1~3年までポンポンポンとタイムは出て、4年生の時には正直もうスランプで、ここから身体が動かなくなっちゃったなと言う明確な記憶があります。

▶それはいつからですか?
それはアメリカの合宿に行って、あまりの辛さに全身を攣ったんですね。もう全てです。腹筋、背筋、両腕、両腿、ふくらはぎ…もう全部攣って、そこから急に身体が動かなくなりました。身体が反応しないというか…多分、筋肉や脳の拒絶反応だと思います。なのでパワーが出なくなってしまって、そこからはちょっとスランプでしたね。

▶全部攣るって…陸上でですか?
いや、水中練習の最中ですね。最後もうダメだと思ってた時にダイブ(レース同様のスタートからの練習)させられて、スタートした瞬間に全身を攣るという。

▶それ大丈夫だったんですか?
いや、めちゃくちゃ痛かったです(笑)。浮いた状態で「助けて~」って言って助けてもらって、伸ばしてもらってって感じでした。もう全部攣ってるので身体が全く動かなかったです。なので、その時期からなんか調子が悪くなったなと言うのは正直ありますね。

▶そこまで追い込めたのは大学4年生だったからと言うのもあったんですか?
そうですね、最後の年っていうのもあったでしょうし、せっかくアメリカでトレーニングをやらせてもらう限りは精一杯頑張ろうという感じでした。

▶それは高地での合宿だったんですか?
そうです。高地での合宿でした。

▶高地合宿って標高どのくらいで行なうものですか?
2200mですね。

▶やはりキツイんですか?
はい、呼吸がただただ苦しいなっていうのと、正直なところ僕みたいなタイプの選手が高地合宿に合っていたかは謎ですけど。。。僕はもう平地でも苦しいので。(笑)

▶という事は高地合宿も合う人、合わない人があるんですかね?
ん~ちょっとその辺は僕も専門家では無いから分析は出来ないんですけどね。。。

▶なるほど。その高地合宿を終えてからはタイムもいまいちって感じですか?
もう、全然ダメでしたね。

▶それは克服出来たんですか?
いや、もうそれで4年生のインカレでも全然ダメで、僕は大学4年で引退するって決めていたので引退しました。だから今のほうが身体の調子も良いし、動くんじゃないかって思いますね。なので、ちょっと休んでまた身体が動くようになりました。
※インカレ=日本学生選手権水泳競技大会

▶なんで4年生で引退しようと決めていたんですか?
ん~引退を決めるというよりかは、僕はもう大学入学する時から4年以上やる気は無かったです。なので4年生でどんな結果が出ていても辞めていたと思います。また当時、僕らの世代に世界でも勝負するような凄く速い選手も沢山居たので、もう勝てないなっていうのも正直ありました。

▶そうなんですね。
はい。


スタッフの意見

覚悟を決めて大学に入学した福井コーチ。自分の得意なトレーニングでは無くても常に頭を使って考えながら行なっていたみたいです。アスリートの中にはコーチの言う事をただ単にこなす「やらされる練習」をやっている人も多いと思いますが、当時から考えてトレーニングを行なっていたのは凄いなと感じました。だからこそ、自分の身体の変化にもすぐに気づくことが出来たのでは無いかと思います。最後の引退レースは納得のいく結果で終われなかったのは寂しい気持ちもありますが、引退は男らしいというか潔くされたのかなと。。。そこには多分、福井コーチの「やり切った!」という気持ちもあったのでは無いかと感じました。今回はスポーツもビジネスでも「やり切る!」という気持ちは大切だなと思わせていただいたインタビューになりました。
さて、次回は最後です。福井コーチが今はどんな事をされているのか、何に向かって頑張っておられるのかを迫ってみたいと思います。

 

こんな福井コーチのレッスンに興味のある方はこちらからプロフィールを見ることができます。
【puram】福井淳一コーチ
https://puram.jp/coach-profiles/12

福井淳一#1「そのコーチのお陰でタイムも一気に伸びた」
福井淳一#2「厳しい環境に自分を置こうと思っていました」
福井淳一#4「水泳を楽しめる場所を増やしていきたい」